県内外で取り組まれている、地域福祉の興味深い取り組みを取材しています。ヒントになりそうな知恵と実践が満載です。
静かな居場所 私設図書館「ルチャ・リブロ」
2026-05-29
カテゴリ:住民活動,居場所,まちづくり,ボランティア
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静かな居場所
私設図書館「ルチャ・リブロ」
天誅組遺跡の木立ちを抜けて
宇陀市大宇陀から南へ下る道が東吉野村に入ると、両脇の山が迫ってくるようです。
鷲家という集落を過ぎると間もなく、「天誅組終焉之地」と刻まれた石碑が見えてきます。
江戸時代末期、大和で兵を挙げた尊王攘夷派の集団「天誅組」が今の東吉野村で壊滅。
主軸だった土佐出身の志士、吉村寅太郎(虎太郎とも)が絶命したのがここです。
杉の山に囲まれた大きな岩を背に、寅太郎の墓があります。
その墓とは反対の方へ少し歩くと、木立の向こうに赤茶けたトタン屋根の平屋建て民家が見えてきます。
埼玉県浦和市生まれの古代地中海史研究者、青木真兵さんと、神戸市生まれの司書・海青子(みあこ)さん夫妻が移住先の自宅に設けた小さな図書館です。
開設は2016年。館の名前は、真兵さんが大好きなプロレスをメキシコで「ルチャ・リブレ」と呼ぶことと
、スペイン語で本を意味する「リブロ」を掛け合わせたのだそうです。
現状を抜け出そうと模索して
二人は
「思ったような」職場での「思ったような」働き方ができず、ほぼ同時に挫折したのです。(略)体調は悪化する一方だし、余裕のない二人が良好な関係を保てるはずもない。どうにか現状から抜け出す方法はないだろうか。(『彼岸の図書館――ぼくたちの「移住」のかたち』青木真兵・海青子著、2019年、夕書房)
と模索した末、東吉野での私設図書館という選択にたどり着いたのでした。
「ルチャ・リブロ」は月に数日、不定期に開かれています。公共交通で行く場合、近鉄榛原駅から東吉野村役場行きバスで約30分、さらに徒歩10分ほどの山ふところにあります。
海青子さんは新聞のインタビューで、こう話しています。
「うちにも、学校に行けていない高校生や就職活動に踏み込めない大学生が、バスに乗って来てくれます。定められたルートを外れることが怖いと感じさせる世の中で、私自身、心や体に弱さを抱えて、ここに流れ着きました。私たち夫婦が社会のカテゴリーに収まらない私設図書館を楽しそうに続けることで、ルートから外れても大丈夫だよってその子に感じてもらえたらと思っています」
(学びを語る 本という「窓」「わからない」から広がる世界=2022年9月7日朝日新聞デジタル)
静かな静かな読書空間
私が初めて訪ねたのは、ことし4月21日の午後でした。
玄関を入ると、板の間の部屋と畳敷きの部屋が見えます。
壁際に手作り感たっぷりの本棚がいくつかあり、文庫本から大型の美術本までが実に整然と並んでいました。
低めの椅子やソファ、テーブルがところどころに置かれていて、どこに座って本を読むのも自由なようです。
『彼岸の図書館』によれば、「歴史や文学、思想、サブカルチャー、山村で暮らすための本など、二〇〇〇冊以上」があるそうで、背表紙をながめているだけでも、読書好きの私などはウキウキしてしまいます。
さっそく書棚を物色です。
まずは、文庫本の列にあった『獄中記』(2009年、佐藤優、岩波現代文庫)を手に取りました。
外交官だった著者が、ある事件で勾留された512日間の体験や思索をつづった作品です。
読み始めると、おもしろくてとまりません。
気づけば、約2時間で全614ページの3分の2ほどまで進んでいました。
ほぼ毎日本を読んでいますが、これほど集中できたのはずいぶん久しぶりです。
同じ時間帯の来館者はほかに3人でした。
皆、すっと入ってきて自分で決めた場所に座って本を開き、しばらくするとまた、すっと帰っていきました。
すべてが本当に静かです。雑音がまったくありません。
敷地の脇を流れる谷川のせせらぎが低く聞こえるだけです。
建物の正面にある大きなガラス戸は道路の方に向いていないし、庭と杉木立ち以外何も目に入らないことも効果的なのかもしれません。
町の中にある書店や図書館では、こうはいきません。
建物の外から入ってくる生活音は消しきれないし、中を行きかう人たちの姿や影もちらちらします。
晴耕雨読のおすそ分け
「ルチャ・リブロ」について、真兵さんはこう述べています。
うちには本がたくさんあるし、教育関係の仕事をしている。それなら私設図書館はどうだろう、と。田舎にはどうしても文化的な拠点がないので、晴耕雨読のライフスタイルをおすそ分けしたいと思ったんです。(『彼岸の図書館』)
できる範囲でやっている。生活ベースなんですよね。生活がいちばん大事で、そこから漏れ出してくる過剰な部分をおすそ分けしている。(同)
海青子さんは東吉野村に移り住むまでの模索について
「自分たちが伸びやかに考えられる余白」を必死で求めたゆえの行動でした。
「意味のないもの」「役に立たないもの」があっても「よくわからないけど、おもしろい」と言えるような、そんな余白がほしかった。それは私たちが心身ともに死なずに生きていくために、必要なことだったのだと思います。(同)
と記しています。
晴耕雨読、生活ベース、おすそ分け、無理がないからできる、「よくわからないけど、おもしろい」と言えるような余白――だからこそ、ふいに「ルチャ」を訪ねた私でも、静かに読書の時間と空間を過ごせたのだと思いました。
弱者や生きづらさについて考えるとき、「優しさ」や「配慮」「思いやり」「気遣い」といったキーワードを耳にすることがあるのですが、これには少し危うさを感じます。「ルチャ・リブロ」は生きづらさを抱える人が多く訪れる場所ですが、私たち自身は優しくないし、気配りも行き届かない、気の利かない人間です。館長(猫のかぼすさん)がいちばん優しいかもしれません。でも、それで良いのではないかと。(同)
丁寧に紡がれる言葉
青木さん夫妻は本でもウェブでも、丁寧に言葉を紡いでいます。
2人の文章には社会福祉や地域福祉にもつながるような内容も多いようです。
いくつか拾ってみましょう。
あらゆるものがお金に紐づけられている環境をどうにかして遮断し、「境界的な場」を設ける。それが今、すごく大事なのではないかと思います。(夕書房のnote「土着への処方箋—ルチャ・リブロの司書席から10」https://note.com/sekishobo/m/m9a9a2033d23a など)
「嫌なことから逃げる」というのは正当な理由になりうるのではないでしょうか。その動機をあなたがどう使って何につなげるか、そこが大事なのだと思います。(同3)
「つらいね、大変だね」とそのまま受け止めてくれる人や場所が見つかれば、きっとモヤモヤした「苦しいこと」の段階から、「苦しみ」の実態を客観的に分析できるところへ出られると思います。(同23)
矛盾するものを退けず、無理にどちらか一方に単純化しないこと。むしろ一つに決められない状況のほうが、世界を健全に理解することができています。(『武器としての土着思考』青木真兵著、2024年、東洋経済新報社)
自らの発信や表現について、慎重なスタンスを保っていることも印象的です。
「自分」の言葉って当てにならないんです。(略)正直に書けばそこに自ずと自分が出てきてしまうし、それは決して求めているものとは限らないぞ、ということも付け加えておきたいです。(「土着への処方箋7」)
刺激される読書欲
私は5月中旬にも、「ルチャ」へ行ってきました。
奈良盆地では気温が25度を越えた日でしたが、東吉野の山間はひんやりしていました。
やはり屋内は静かです。
つい欲張って、トルストイの『戦争と平和』第1巻(新潮文庫)を選びました。
半世紀近く前、高校生の時に背伸びして読んだ本です。
登場人物が多くて複雑に絡み合う大著に、当時はただ押しつぶされただけでした。
「ルチャで読めば、あのころとはなにか違うかも」
と思い、手を伸ばしたのです。
目論見が当たったかどうかはわかりませんが、600ページ超のうち200ページほどまでを3時間くらいで読めました。
これならいけるかも。今、全4巻を買い込んで挑戦しようかなと思っているところです。
無理な緊張感のない静かな空間を与えてもらえたことで、自分でも気づかなかった「欲」がでてきたのかもしれませんね。
(奈良県社会福祉協議会 地域福祉課 小滝ちひろ)









