県内各地で取り組まれている、地域福祉の興味深い取り組みを取材しています。ヒントになりそうな知恵と実践が満載です。
おてらおやつクラブは福祉を数値化する
2025-03-07
カテゴリ:住民活動,こども,見守り,生活支援,子育て世帯,SNS
オススメ
福祉の数値化・見える化
登録家庭9年で1000倍
認定NPO法人「おてらおやつクラブ」(以下、おやつクラブとします)は、檀信徒から寄せられるさまざまな「おそなえ」を、仏様の「おさがり」として主にひとり親家庭に「おすそわけ」する団体です。
代表を務める浄土宗安養寺(田原本町)の住職、松島靖朗さんは2013年春、大阪市で若い母親と幼子がマンションで餓死した事件の報道を目にします。子どもの貧困問題に胸を痛めた松島さんは家族から「おそなえものをおすそわけしたら?」とアドバイスされ、個人で行動を起こしました。
理解者が徐々に増え、翌年には団体としてのおやつクラブが発足しました。同年の参加寺院110、支援団体15、支援希望の登録家庭11でしたが、9年後の2023年には寺院2020、支援団体820に増えます。登録家庭は11153。なんと1千倍以上になりました。
そこにはもちろん、貧困問題の深刻化が影を落としています。一方で、わかりやすいデータを社会に示す取り組みが活動に好影響を与えてもいるようなのです。いわば、「福祉の数値化・見える化」です。
インパクトレポートでいこう
その中心が、毎年度まとめられる「インパクトレポート」です。これは、企業が自らの事業や行動(インパクト)が社会や環境にどんな影響を与えたのかを、定量化(数値化)した報告(レポート)に倣って発表されています。スタートはおやつクラブ発足5年目の2019年です。
おやつクラブはそれ以前から、支援団体やおすそわけを受ける人たちからの声を調査した報告をまとめていましたが、インパクトレポートはより数値化を意識したレポートになっています。
おやつクラブのホームページhttps://otera-oyatsu.club/にある
「2023年度インパクトレポート」https://note.com/oteraoyatsu_club/n/n670ea4359b8aを見てみましょう。
おやつクラブから直接おすそわけを受け取っている「直接支援家庭」の声を聴く「アウトカム評価」は、2022年末と23年末を比較すると表のようになりました。
一番下にある「困ったときにすぐに助けを求められる人や場がある」は22年が66.5%だったのが23年に44.8%で、マイナス21.7%になっています。この原因について、レポートは
私たちが「常時開放の支援窓口」から「期間限定の支援窓口」へ支援方法を変更した結果、これまでのように生活が苦しくなったご自身からのタイミングで申し込める仕組みではなくなったためであろうと考えています。このような切実な要望があることにも気を留めながら、次年度も支援体制や活動内容を見直して支援活動を継続していきます。
と反省も含めて自己評価しています。
直接支援の限定化も公表
おやつクラブが当初想定した支援の仕組みは、お寺が預かったおそなえを各地の支援団体に届け、その団体から困っている人たちへ届けるという「間接支援」でした。しかし、コロナ禍もあって直接支えてほしいという要望が急増し、おやつクラブから直接届ける「直接支援」に追われることになりました。その結果、すべての要望に即応することが難しくなりました。そこで、最初の支援要請は随時受け付ける一方、2回目以降の直接支援は夏と歳末の年2回に絞ったのです。
このように、自らの取り組みがマイナス評価された場合、積極的な公表は避けたいものです。しかし、おやつクラブはあえて公表しています。
レポートには、
心理的な状況改善(69.8%)の方が、経済的な状況改善(37.0%)に比べて高い傾向が見られます。直接支援で届けられる物資は「おすそわけ」であり、支援者の思いやりの気持ちを実感しやすいことによるのでしょう。
という分析も盛り込まれています。
計測なくして管理なし
こうした数値を用いる自己評価や分析は、和歌山県紀の川市の真言宗寺院、興山寺の福井良應さんが担当しています。
福井さんは広告会社博報堂の生活総合研究所というシンクタンクの研究員だった方で、仕事上、世の中のさまざまな動きや人の暮らしを数値化していました。
あるとき「これからの生活者の変化、機微をレポートしなさい」という任務を与えられます。そこで思い立ったのが「お寺の変化」で、おてらおやつクラブを取材対象に選んだのでした。
「そこで初めて、子どもの貧困問題に気づかされたのです」
福井さんがお寺の出身であることを、おやつクラブ代表の松島さんは見逃しませんでした。「実家の寺を継ぎます」と聞かされたとき、すかさずおやつクラブに誘ったといいます。
福井さんはこう話します。
「企業や団体による生活者の調査はたくさんあるのですが、大抵は顧客になり得る、相当の年収がある人を対象にしています。おやつクラブの支援を求める人たちはそれよりも収入の低い層が多いですから、それまで見落としていた暮らしの実態を知ることができ、活動の可能性を感じました」
「松島さんから『仕事柄、ブランディング、ブランド構築は得意でしょう。どうしたら、おてらおやつクラブはイケてるNPOになりますか』と聞かれました。私は支援を受ける人たちの生活実態をより多くの人に知ってもらうべきだと、調査を提案したんです」
福井さんによると、ビジネスやマネジメントの世界では
「計測しないと管理できない」
という言葉があるそうです。
ちょうどそのころ、政府が全国のNPOに対して「ソーシャルインパクト(事業や活動が社会・環境に与えた影響や効果)の明示」を求め始めていました。
福井さんらは当初、どれくらいの量のおそなえが届き、届けられているのかを「重さ」で測ってみました。すると、30~50トンになること、全国のフードバンク団体の中でも10~20番目にあたることがわかりました。「私たちの活動はすごいことなんだ」ということが数字を通して実感できたといいます。
匿名発送で「いつのまにか助けられた」に
そんな計測に裏打ちされた同クラブの活動ですから、ただやみくもにおそなえを配っているわけではありません。目標や指針をわかりやすくまとめた「ロジックモデル」には、1年以内の達成を見込む初期成果、さらに少し長い期間を要する中期成果(3年以内)、それ以上の醸成で達成したい長期成果が盛り込まれています。長期成果の中心にある「社会が共に助け合う場であってほしいと思う」は夢ではなく、階段をひとつずつ上っていく先に見据える確かな目標だとわかります。
「困っている家庭への直接支援は今後も減りそうにありません。それだけ困り事を抱える人が見えるようになってきたということでしょう」
「助けて、というのは大変です。でもそれを飛び越えることができて、なんだかわからないけれど助けられたよ、という社会になってほしい」
松島さんはそう話します。
「なんだからわからないけれど助けられた」
をめざして見つけた方策が「匿名配送」です。
送り主も受け取り手も互いの名前を明かすことなく、クラブ事務局が間を取り持って支援物資を届けます。大手宅配業者が導入しているサービスを利用するもので、個人情報を保護することができます。
また、数値化のための調査はそれなりの資金を必要としますが、可能な限りコストを抑えるため、無料のアンケート作成ソフトを使うなど、工夫を凝らしてもいます。
社会への提言求める声も
おてらおやつクラブの今後について、2024年秋に『おてらおやつクラブ物語』(旬報社、税別1600円)を著した食品問題ジャーナリストの井出留美さんはこんな期待を持っています。
「現場、当事者の声を元に、政治や社会の仕組みに足りないことを提言して社会が少しでもよくなるようにしてほしい。子どもの貧困問題に取り組む団体の中には、厚生労働省の記者クラブで定期的に記者会見を開いて訴えているところもあります」
「おてらおやつクラブにとって一番の負担は“運ぶ”ということです。増大する運送費をカバーするため、クラブに参加していないお寺にもサポートしてもらえたら。目的地で荷下ろしした空きトラックに支援物資を積んで帰ってもらうとか、物流会社にも協力してもらえるのではないか」
今後の展開にはさまざまな課題がありそうです。
しかし、おやつクラブはたくさんの知恵を寄せ合い、数値による見える化を駆使して着実に進んでいこうとしています。
※このブログの写真で、提供元の注記がないものは「おてらおやつクラブ」から提供を受けました。
(奈良県社会福祉協議会地域福祉課・小滝ちひろ)
