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県内各地で取り組まれている、地域福祉の興味深い取り組みを取材しています。ヒントになりそうな知恵と実践が満載です。

「一点の尊敬」が育む多才な「寺子屋」 大淀町・光明寺

2024-09-12
カテゴリ:住民活動,こども,高齢,SNS
「一点の尊敬」で育む多才な「寺子屋」 大淀町・光明寺

遊び+まなび=エデュテインメント

光明寺は、近鉄吉野線下市口駅前にある浄土真宗本願寺派のお寺です。
ここで2023年4月から毎月、「光明寺子屋」が開かれています。

遊び(エンターテインメント)ながら学ぶ(エデュケーション)という「エデュテインメント」が合い言葉。映画塾を隔月で年6回、子どもまつりと体験塾を年3回ずつ催す企画です。
 
映画塾は映画を上映し、その作品を手がけた奈良市出身の映画プロデューサー、河井真也さんが講演します。
子どもまつりは文字通りのお祭りで、体験塾は大人も子どもも一緒に、様々な分野のプロから教わる体験学習です。
2024年度光明寺子屋のチラシ。デザインは三浦明利さん。
1年目のスケジュールはこんな具合でした。
 
4月 8日 映画塾 『南極物語』(1983年)と講演
5月13日 体験塾 お寺の音体験・法話コンサート
6月10日 映画塾 『スワロウテイル』(1996年)と講演
7月22日 子どもまつり 縁日とJAL紙ヒコーキ教室
8月19日 映画塾 『リング』(1998年)と講演
9月  9日 体験塾 書道体験とステンシルアート制作
10月14日 映画塾 『ヤンヤン・夏の想い出』(2000年)と講演
11月11日 体験塾 現役俳優の演技体験指導
12月 9日 映画塾 『力道山』(2004年)と講演
1月13日 子どもまつり 縁日と昔遊び体験(竹とんぼ・紙鉄砲づくりなど)
2月10日 映画塾 『私をスキーに連れてって』(1987年)と講演
3月23日 子どもまつり 縁日とJAL紙ヒコーキ教室
 
いずれも土曜日の午後。メーン会場は光明寺の本堂で、地域の人たちや寺の門徒をはじめ数十人が参加します。
住職でシンガーソングライターの三浦明利さん
得意な人にお任せ、時に丸投げも

発案者は、シンガーソングライターでもある女性住職、三浦明利さんです。
寺務や男女二人の子育てに加え、全国各地での講演やコンサートもありますから、さぞ忙しいだろうと思うのですが、
ご本人は
「私が何かしているわけじゃありません」
と笑います。
 
「ボランティアのスタッフそれぞれが得意なことをもっていらっしゃるので、お任せします。丸投げする方が、あれこれ私が考えすぎるよりいいものになりますから」
 
映画塾の講師、河井真也さん
 実際、昨年9月や11月の体験塾は、三浦さんから「講師をお願いできますか」と誘われたり、自分から手をあげてアイデアを寄せたりした人が、企画立案から教材の用意までを自らこなしていました。
映画塾講師の河井さんも毎回、東京から自費で駆けつけています。
原点は「昔のおまつり」

光明寺子屋は、三浦さんが以前から暖めていた「子どもまつり」の企画が原点でした。
 
「この地域では昔、町の大人たちが小さなお祭りを開いていました。手作り食券を子どもたちに配り、焼きそばやフランクフルト、かき氷などの屋台を並べて。私がこの土地を愛するようになった土台は、そんな地域の人たちでした。今はそんな催しがなくなっていて、子どもたちは地域とのつながりを体験できないんだなあと思ったんです」
 
素案をつくって子どもたちの意見を聞くと
「楽しそうじゃない」
とすぐさま却下されたそうです。そして、子どもたちだけで独自の企画を練ってくれました。

企画は2020年春スタートの直前まで進みましたが、コロナ禍で諦めることになったのです。
 

飛び込んできたSNSメッセージ

意気消沈の思いが少し癒えてコロナの流行も下火に向かい出した2022年晩秋、三浦さんに一通のSNSメッセージが届きます。
 
「今、映画のシナリオを書いています。奈良のお寺が関わる話で、あなたのFacebookの投稿がヒントになりました。ご本人にお伝えしておかなければと思って」
 
映画プロデューサーの河井さんでした。
奈良市出身の元フジテレビ社員。
高倉健さん主演の『南極物語』(蔵原惟繕監督)、ホラーブームを巻き起こした『リング』(中田秀夫監督)、アングラ社会からの浮上を目指す青春群像を描いた『スワロウテイル』(岩井俊二監督)、岩井監督のデビュー作『Love Letter』などを手がけた大物です。
 
三浦さんは、『スワロウテイル』を見たことがきっかけで、シンガーソングライターを目指した人です。

ふたりは即意気投合しました。
 
さっそく光明寺へ取材にやって来た河井さんは、さまざまな映画の裏話をいくつも聞かせてくれました。
 
『スワロウテイル』が15歳未満鑑賞禁止指定になったのは暴力シーンでも性的描写でもなくて、
子どもたちが札束をランドセルに詰めるシーンが「教育上よろしくない」とされたこと。

高倉健さんが『南極物語』への出演を決めたのは制作発表の前日だったこと。

……秘話満載でした。
 
「おもしろすぎる。これを一人で聞くのはもったいない」

寺子屋の妄想が大回転
 
三浦さんがそう話すと、河井さんは
「寺子屋みたいなもの、いいと思うんだよね。僕、毎回でも来るよ」
と応じてくれました。
 
この言葉をきっかけに、三浦さんの「妄想」が大回転します。
 
河井さんの映画塾を隔月で開く。その間に「子どもまつり」を挟もう。まつりの復活は今しかない!

2023年3月3日、河井さんも光明寺に駆けつけて第1回のボランティアスタッフ会議。
翌4月にはもうスタートです。

得意なことで参加して

毎回20人近いボランティアが運営を担っています。元教員、行政職員で青少年活動のプロ、お寺のご門徒さんらが進んで名乗りを上げてくれました。
税理士、俳優、カメラマン、ライター、元大手企業の広報担当、料理人もいます。
 
中には三浦さんから“リクルート”された人も。
三浦さんは
「得意なことで参加してもらえたらと、加わってほしいと思う人に声をかけました。得意なことでないと嫌じゃないですか。私自身、不得手なことをするのは嫌いなので」
と話します。


「巻き込まれた!!」が「楽しかった!」へ
 
そのひとり、大淀町在住の写真家菊田やす子さんは「映画塾を始めるので写真を撮ってもらえないか」と三浦さんに誘われました。最初の打ち合わせに加わった時のことを、地元のWebメディア「奥大和ライフジャーナル」 https://okuyamato-journal.com/ にこう書いています。
 
机の上にはレジメが置かれ、「光明寺子屋」の文字が。
(略)
あー、巻き込まれた!!
心の中で大きく叫んだ。
(略)私の名前は「写真撮影担当」という肩書きと共に、しっかりとスタッフ欄に記載されていた。
 
しかし「参加できる時だけでいいから」と言われ、当日には、近所に住みながらご無沙汰だった同級生とも再会できたといいます。
 
参加した私の母も、久しぶりに会った同級生も「楽しかった、次も参加するわ!」という言葉を残して帰っていった。
当初、なんだか腑に落ちない部分があった私の気持ちも、気づけば「楽しかった!」に変わっていた。
 
皆同じような気持ちなのでしょうか。
ボランティアスタッフは皆、淡々と役割をこなしています。指示待ち族も、無茶な号令を飛ばす人もいません。


子どもがつくった「紙てっぽう」の音に、高校生ボランティアはバッチリのリアクション!
高校生も大活躍

とりわけ楽しそうに動いているのが奈良南高校(大淀町下渕)の生徒ボランティアです。
子どもまつりのたびに毎回約10人が来て、小さい子たちのお兄ちゃん・お姉ちゃん役を務めてくれています。


新聞掲載は2023年3月23日の毎日新聞奈良版をはじめ、朝日、読売、産経、奈良の各紙も続きました


効果絶大だった町のLINE 

映画塾の企画は地元マスコミに知られ、新聞記者が何人か取材に来てくれました。
それは対外的な信頼にもつながったらしく、大淀町の「人づくり・まちづくり助成金」を受けることもできました。
さらに、役場の担当者は「町のLINEで7月の子どもまつりを案内しましょう」とも言ってくれました。
三浦さんは後日、「町のLINEの効果は絶大でした。地域の人たちが認めてくれましたから」と話しています。


まつりのメーンは、日本航空が全国で開いている「折り紙ヒコーキ教室」です。
三浦さんは以前、お坊さん仲間から「これはおもしろいよ」と聞かされていました。
ダメ元で申し込んでみると、即OK!
しかも、1、2人のスタッフが来るのだろうと思っていたら、約10人のチームが派遣されるという「厚遇」に恵まれました。

豚汁300人分の自信が力に

最大の難関は、当日参加者に食べてもらう焼きそばやフランクフルト、ポテト、かき氷などの準備でした。町のLINEは地元での宣伝効果が絶大なので、申し込みが一気に増えるかもしれません。果たして大量の調理ができるかどうか……。
 
LINEを辞退しようかと考えたとき、スタッフの中から声が上がりました。
 
「大丈夫。できる、できる!」
 
ボーイスカウトで300人分の豚汁を作った経験をもつ、「つわもの」がいたのです。
 
結局、当初40人と想定していた参加申し込みは200人に膨れ上がりました。
それでも無事、全員に焼きそばなどが振る舞われました。

「私はフライパンひとつの料理くらいしかしたことがないから、200人なんて想像もできませんでした」
と、三浦さんは笑います。

尊敬できる一点あれば友に

三浦さんは、学生時代に読んだ『悪人礼賛 中野好夫エッセイ集』(安野光雅編、ちくま文庫)の一節を大事にしているといいます。
 
友情とは、相手の人間に対する九分の侮蔑と、その侮蔑を持ってしてすら、なおかつ磨消しきれぬ残る一分に対するどうにもならぬ畏敬と、この両者の配合の上に成立するときにおいてこそ、最も永続性の可能があるのではあるまいか。
 
「この言葉に出会うまで、一点でも気に入らなければ友だちじゃないと思っていました。誰もが尊敬できる一点があれば友だちになれる。結果的に、私は今まで、尊敬できるところがない人に出会うことがなかったんです」
 

「光明寺子屋」は1年を過ぎ、4月にはキリンビールが設立した福祉財団の「キリン・地域のちから応援事業」で助成金も受けました。
 
光明寺がある大淀町は、人口16728人、高齢化率34.7%(2020年)。決して恵まれた環境ではありません。それでも「妄想」から始まった寺子屋は、多彩な人々の関わり合いで続けられています。
 
光明寺子屋は2024年度いっぱいでひと区切りを迎える予定ですが、三浦さんらは、新たなアイデアを形にできないかと話し合っています。
光明寺でのシネマカフェの開催、シネコン(複数のスクリーンを併設する複合映画館)にはかからない佳作を県内各地のお寺で上映する会などなど……。2025年度から始まる、第2幕の準備は着々と進んでいます。(奈良県社会福祉協議会地域福祉課・小滝ちひろ)
 
写真はいずれも、ボランティアスタッフの菊田やす子さん、福井悟さん撮影

【光明寺子屋】
ホームページ:https://www.terakura.net/ 
問い合わせ先:akari3210@gmail.com (メール)0747-52-2321(電話)
アクセス:〒638-0821奈良県吉野郡大淀町下渕879
近鉄吉野線下市口駅下車すぐ
代表:三浦明利(みうらあかり)・光明寺住職
 
※毎月ある寺子屋の催しはどなたでも無料。参加申し込み・予約不要
三浦明利さん自身も体験塾では歌声と演奏を披露します
会場の本堂はいつもほぼ満席状態です
子どもまつりの人気メニューはやはりフランクフルトや焼きそば
まつりの華は子どもたちの愛らしい姿
2023年8月の映画塾はホラー映画「リング」を上映。終了後の記念写真中央にはなぜか「貞子」が
2023年7月の子どもまつりの記念写真は、紙ヒコーキが飛ぶ瞬間にパチリ!