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県内各地で取り組まれている、地域福祉の興味深い取り組みを取材しています。ヒントになりそうな知恵と実践が満載です。

人も猫も不幸にならない地域を Life for cats in NARAの挑戦

2024-10-23
カテゴリ:住民活動,高齢,見守り,生活支援,SNS
猫は福祉だ?
「Life for cats in NARA」提供
 「猫は福祉だ」と言ったら、「まさか」と思われるでしょうか。でも、そんな思いで走り回っている活動者が県内にも少なからずいます。

 その一人、桜井市の前澤睦さんは、特定非営利活動法人 Life for cats in NARA (lfc-nara.org) の代表理事です。近鉄大和八木駅前にあるイタリアンレストランを夫婦で切り盛りする傍ら、地域や行政と協働して飼い主のいない猫を適切に見守る地域猫活動や、人も猫も不幸にならない飼育の推進などにあたっています。

1、2頭が25頭に
室内は乱雑で、猫の爪とぎのせいか、家具もかなり傷んでいた

7月のある日、前澤さんから「多頭飼育崩壊の家を訪問する」と聞き、同行させてもらうことにしました。県東部の道の駅で落ち合い、スタッフらと数台の車に分かれて数キロ先の住宅へ向かいました。道案内をしてくれたのは、当事者男性の兄弟です。


多頭飼育崩壊とは、適正に飼育されなかったペットが繁殖によって増えすぎ手に負えなくなること。今回のケースは以下のようなものでした。

 

住宅はやや狭小の2階建てで、60代の男性と妻が暮らしていました。最近妻が病死し、男性も入院。しばらく疎遠にしていた兄弟が数年ぶりに訪ね、糞尿だらけの部屋に健康状態がよくない猫がたくさんいるのを見つけました。一部には白骨もあったと言います。成猫が生まれたばかりの子猫を食べたり、病死したりした跡のようです。


兄弟によると、男性の妻が約10年前、近所にいた1、2頭を家に入れて飼い始めたそうです。数頭に増えた段階でいったん不妊手術を施したものの、金銭的負担が追いつかず、繁殖の進行を抑えられなくなりました。十分な睡眠スペースを確保できないほどになり、最晩年の妻は座ったまま眠る日々だったそうです。


その住宅に、前澤さんとスタッフ、当事者の兄弟と私の計5人が入ったのは、曇りがちながら最高気温が35度前後になった日の午後でした。屋内にエアコンはなく、汚れを避けるためにカッパや防護服、手袋を身に付けたうえに靴をポリ袋で覆うので、体感温度はかなりのものでした。


前澤さんの記録にはこうあります。

 

アンモニアが目に染み、室内のいたるところに糞尿、ハエが飛び交う中、眼球破裂や両目が見えない、また皮膚がボロボロ、咬み傷のある子猫、栄養失調などの猫が多数見受けられた

目視でおおよそ25匹

室内捕獲2匹→翌日避妊去勢手術→8/6までメンバー宅で預かる

状態の悪い子猫~中猫4匹引き上げ病院受診、ノミダニ駆除、ウイルス検査結果4匹エイズ陽性

訪問3日前に兄弟が眼球破裂・体調不良の2匹引き上げ

 

 筆者は数回、住宅内に入りましたが、アンモニアと異臭に耐えきれず、数分間ずつしか留まることができませんでした。糞尿や腐敗したらしい餌、そして死骸が、甘ったるさと酸味の入り交じった尋常ではない臭気を発していました。


 6日後、兄弟や前澤さんら約10人が再び訪問。兄弟がエアコンを設置してくれたこと、自衛隊員の男性3人がボランティア参加してくれたこともあり、作業環境が大きく改善。猫をキャリーケースに避難させた上で、屋内から家具や生活雑貨、ゴミなどを外へ運び出し、猫用トイレを数個置くことができました。ただし、2人が熱中症で体調を崩したり、状態の悪い猫1頭が翌日に死んだりしています

行政が早期介入できていれば……
 最初の訪問から3週間後には、奈良県から借り受けた捕獲器で25頭を保護。猫の不妊手術専門の病院で去勢・不妊手術を施し、専門清掃業者が清掃して臭いもなくなった屋内に戻して緊急対応を終えました。ちなみに、この家にいた猫は全部で28頭でした。

 入院先から戻った当事者の男性は猫と同居することを決め、餌やトイレの世話を始めたそうです。ちなみに対応終了までの猫の世話や費用負担は兄弟が負いました。前澤さんは行政と協力し、数か月毎の定期訪問などのケアを続ける必要があるとして、関係者との話し合いを進めることにしています。

 当事者の男性は生活保護を受けていました。ケースワーカーが面談しているのですが、福祉施設や親族の家で会っていたため、猫の状況までは把握できていなかったようです。

 前澤さんは「行政が早期発見・介入していれば、もっと早く解決や予防ができたかもしれない」と話します。

 
多頭飼育崩壊の現場対応(7~8月)
室内は汚れが激しく、人にも猫にも厳しい状況だった(7月下旬)=「Life for cats in NARA」提供
扉などは爪とぎのためかボロボロだった(7月中旬)
台所のテーブルで恨めしそうな視線の猫(7月中旬)
カッパを身に付けて保護した猫を見つめるスタッフ(7月中旬)
ボランティア参加の自衛隊員らが、大型の家具などを屋外に運び出した(7月下旬)=「Life for cats in NARA」提供
屋外に運ばれた家具など。後日、ノミダニが発生したため殺虫剤をまいたという(7月下旬)=「Life for cats in NARA」提供
捕獲器で一頭ずつ保護し、去勢・不妊手術を受けさせた。室内は業者の清掃が済み、人と猫が住める空間ができた(8月)=「Life for cats in NARA」提供
広くなった室内でくつろぐ猫たち。ただ、急な環境の変化に戸惑っているようでもあったという(8月)=「Life for cats in NARA」提供
舌打ちして気付いた「野良猫=社会問題」
「人が幸せじゃないと動物も幸せになれない」と話す前澤睦さん
 前澤さんが現在の活動を始めるきっかけは8年前、SNSで「野良猫3頭を保護しました。誰か飼ってくれませんか」という書き込みを読んだことでした。喜んで受け入れたものの、人慣れしていない猫に手を噛まれました。

 「その時私、舌打ちしたんです。血が出て『あれ、私なんで舌打ちしたんやろ』と、はっとしました」

 野良猫はなぜ野良なの? 多頭飼育崩壊ってどうして起きるの? 猛然と調べ始めた前澤さんは、ひとつの結論に行き当たります。

 「これって人が起こしている問題じゃないの。それも困窮している人や独居高齢者が崩壊を起こすリスクが高い。猫たちが置かれている状況は人間の弱者の状況と同じじゃないか。ならば社会問題として解決すべきだ」

 猫好き目線からの出発ではなく、人間の、それも福祉的意識が引き金だったのです。前澤さんは間もなく「Life for cats in NARA」を一人で創設、2020年にはNPO法人化を実現しました。

 法人のホームページ(https://www.lfc-nara.org/)やSNS、チラシなどには前澤さんが常時身に付けているスマートフォンの番号が載っています。スマートフォンにマイク付きのイヤフォンをつなぎ、レストランで接客中も受信できるようにしているそうです。

 メールでの連絡も可能なのですが、

 「電話をかけてくる人は今困っているから、勇気を出してかけてきます。だから、あえて電話番号を載せています。メールじゃ間に合わないんです」

 そうして受けた相談を解決するため、店の休憩時間に行ける場所であれば、車で駆けつけたり、法人のメンバーに出向いてもらったりします。
1頭が3年で2000頭?
猫の繁殖力は想像以上=環境省パンフレット「捨てず 増やさず 飼うなら一生」から
 環境省の『人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン ~社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて~』(2021年)によると、猫は生後6~12カ月で性成熟期を迎え、64~69日で2~6頭の子を産みます。同書は「年8回の出産も可能」としていて、計算上は1頭の雌が1年後20頭以上、2年後80頭以上、3年後2000頭以上に増えると記しています。

 前澤さんらが扱ったケースでは生後4カ月程度で出産しているそうですから、その繁殖力は計算以上かもしれません。

 死のリスクが高い野生の世界では種が生き残るために必要不可欠だった能力が、人に飼われる比較的安全な環境で発揮されると、飼い主や周囲の人々を苦しめる災厄となるわけです。


解決の基本は「TNR」
多頭飼育問題が生じる社会的背景=環境省『人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン』
 『多頭飼育対策ガイドライン』は多頭飼育問題を、生活困窮や虐待、ドメスティックバイオレンスなどと同列の「地域社会が抱える諸問題のひとつ」とし、「多数の動物を飼育するために更なる経済的困窮を招くほか、周辺住民等との軋轢が生じることで関係性の困窮が深刻化し、生活困窮がより一層悪化するなど悪循環を招くこともあります」と指摘しています。

 「人の勝手で、猫に去勢・不妊を強いるのはおかしい。かわいそうだ」という声が聞こえてきそうですが、環境省動物愛護管理室は『ふやさないのも愛』というパンフレットにこう書いています。

 生き物は自然に生きるべき」という言葉は耳に心地よく、安易に使われがちですが、人に飼われた動物は既に自然と切り離されていて、もはや自然に生きることはできません。猫や犬は体のつくりや習性までも人と一緒に生きるように変化してしまっています。飼われている動物の繁殖をコントロールし、動物たちの快適な生活環境を守るのは飼い主の責務です。

 問題解決の基本は「TNR」です。

 Trap(捕獲)→Neuter(去勢・不妊手術)→Return(元の場所に戻す)

 のことで、これによって繁殖を防いで野良猫を減らし、地域のトラブルをなくそうという取り組みを指します。TNRを受けた猫はその証しとして、病院で耳先を花びら形にカットされて、別名「さくらねこ」と呼ばれる地域猫として一代の命を全うすることになります。
「人+猫の混合介護」を
「Life for cats in NARA」のチラシ。「できることをできる範囲で」が大事だと前澤さんは言います
 「Life for cats in NARA」の資料によれば、通常の去勢・不妊手術は雌で3万~4万円、雄で1万5千~2万5千円です。それなりの金額ですが、費用を抑える道も紹介されています。

1)避妊去勢手術の専門病院で6千~9千円程度(奈良県内にはないので、大阪府内まで搬送が必要)
2)厚意で手術してくれる病院で6千~9千円程度
3)公益財団法人「どうぶつ基金」(兵庫県芦屋市)の無料チケット利用(https://www.doubutukikin.or.jp/activity/sakuraneko-surgery/、行政、団体、個人の各枠で利用応募の条件が異なる。別途抗生剤など数千円が必要)
 
 「Life for cats in NARA」が2023年度に受け付けた相談は239件(前年度135件)、TNR処置は396頭(同172頭)と、いずれも2倍近くに急増しました。

 23年度にホームページをリニューアルしたりSNSの発信が増えたりしたことが一因のようですが、冒頭のケースのように静かに進行していた事案が顕在化し始めたこともありそうです。

 前澤さんはこう言います。

 「猫好きだから活動してるんでしょうとよく言われますが、まったく違う。活動していると猫だけやっても無理だと気付きます。多頭飼育崩壊も根底は人です。問題を起こしているのは普通の人です。人が幸せじゃないと動物も幸せになれません。2年ほど前から、福祉的な相談が増えてきた感覚があります」

 前澤さんが今思い描いているのは、福祉現場との連携です。例えば、猫を飼育している高齢者の訪問介護に同行し、当事者がケアを受けている間に猫の食事やトイレの世話をする。ワンコイン、1回500円の有償ボランティアによる猫ケアを加える、人+猫の混合介護はどうか――実はすでに同じような取り組みを始めたところが県外には複数あります。

 前澤さんらは県内のある市に働きかけ、混合介護の実現に向けて話し合いを始めています。
(奈良県社会福祉協議会地域福祉課・小滝ちひろ)